イソップ童話の一つである『アリとキリギリス』は、日本でも有名な童話の一つです。冬に備えてせっせと働くアリの横で、お調子者のキリギリスは遊んで暮らし、痛い目をみるといったストーリーです。しかしこのお話の原題は『アリとセミ』というのです。

アリとキリギリスの本質

なぜセミがキリギリスに変わる必要があったのかというと、フランスで語り始められたイソップ童話がイギリスに渡る際、イギリス人にとってセミがどんな生き物か分からなかったからなのです。セミは熱帯・亜熱帯に生息する昆虫で、ヨーロッパでは地中海沿岸のフランスとギリシャにしか生息していないといわれます。そのため、イギリス人でも馴染みのあるキリギリスに改変し、世に広まっていったというわけです。

ちなみに『アリとキリギリス』のお話の見解はふた通りあるのをご存知でしょうか。一つは皆さんがよく知っている「将来の危機への備えを怠ると、その将来が訪れた時に非常に困ることになる」というもの。そしてもう一つは、「せこせこと貯め込んでいる者は、餓死寸前の困窮者にさえ助けの手を差し伸べないほど冷酷である」という考え方です。皆さんはどちらが正しいと思いますか?