その経歴が芝居や講談のネタとして作り上げられるほど特異な人生を送った人物がいます。その名は「渡邊 魁(わたなべ かい)」といい、彼は1859〜1922年、安政から大正にかけて生きた実在の人物です。

渡邊 魁の人生

東京に生まれ、一橋大学の前身である商法講習所で学問を学んだ後、三井物産の長崎支店に就職しました。そこで検印を偽造して会社の金を横領したのです。その額は460円程ですが、当時はそこそこ稼いでいる職業でも月20円の給料だったといいますので、460円を現在の価値に置き換えてみると900万円程の価値があると考えられます。これにより逮捕され、無期懲役の判決が下されました。

しかし投獄されて間も無くして、看守の目を盗んで脱獄してしまうのです。そして「辻村庫太」という偽名を使い、大分に潜伏していました。そして事もあろうに脱獄から一年して、大分始審裁判所竹田治安裁判所の雇員に採用されたのです。自ら「辻村庫太」という人物の戸籍の編成を行うなどの不正を働きながら、裁判所書記、判事試補、判事と順調に昇進を繰り返していきます。

順調に見えた裁判官としての新たな人生ですが、やはり目立ってしまうと注目されてしまうもの。辻村庫太が横領事件・脱獄を犯した渡邊 魁と似ているという噂が立ち、その結果、かつて渡邊 魁を取り調べた検事たちによって身柄を拘束されてしまうのです。

その時逮捕された罪状は三井物産の横領罪ではなく「官文書偽造行使」で、懲役6年の刑でしたが、ほどなくして非常上告が行われ、無罪判決を勝ち取ります。当時の脱獄等の罪も問われることはなく、投獄からわずか1年で自由の身となったのでした。